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スギヤマカナヨの新刊「おやすみとおはようのあいだ」は、大人の本気がつまった子どものための絵本

こんにちは!

大人に絵本を読んでいる絵本セラピストらくちゃんです。(プロフィールはこちら

先日(2021年11月6日)、東京は神保町にある絵本と児童書専門店「ブックハウスカフェ」に行ってきました。

絵本作家スギヤマカナヨさんのデビュー30周年記念原画展&イベントが開催されていて、この日は新作絵本の制作にかかわる方のリレー座談会がありました。

実は私、20年以上前にスギヤマカナヨさんと一緒に、タイに行ったことがあるんです。(20年ぶりの再会のお話はこちら

今回も、カナヨさんに会いたくて、お祝いを言いたくて、イベントに参加してきたのですが、この座談会で聞いたお話が、感動、感激!

子どものために、描かれた絵本。

その絵本作りの各プロセスに、妥協のない仕事をする大人たちがいました。

普段気がつかない裏方の仕事かもしれませんが、これがなければ絵本は世に出ることはありません。

あまりにも感動的な絵本制作裏話。

ぜひご紹介したいと思います。

「おやすみとおはようのあいだ」はこんな絵本

今回ご紹介する「おやすみとおはようのあいだ」は、ちょうど1年前に設立されたばかりの新しい出版社「めくるむ」から出版されています。

ふとんにはいって、めをつむると

ぼくのからだは、ふわっとうかんで・・・・・・

眠っている間、どんなことがおこるのかな?


だれかによんでもらうときにも、

じぶんでよむときにも

おだやかなきもちになって、

安心して眠りにつける絵本です。

出版社ホームページ 作品紹介より引用

どんな境遇にある子も、眠るときには穏やかで、幸せな気持ちで眠りにつけるような、そんな絵本を作りたい。

スギヤマカナヨさんは、そう考えました。

カナヨさんご自身の子育て中の経験から、眠りにつくときには怖い本やドキドキする本ではなく、楽しい気持ちになる本がいいと思っていたそうです。

この絵本を作るなら、編集者は「めくるむ」の社長、萩原さんがいい!と、カナヨさんは思いました。

めくるむは、

すべての子どもが本を読むことでおだやかな時間を過ごすことができるように、
本をつくり、届けていきたい・・・

そんな思いから、社長の萩原由美さんが一人で立ち上げた、一人出版社でした。

もともと、絵本や児童書を多く出版している大手出版社の編集者だった萩原さん。

カナヨさんからこのお話を持ち掛けられ、大いに共感。二人の絵本作りが始まりました。

作家・編集者から印刷所へ

カナヨさんのイメージを、萩原さんが的確にキャッチされ、どんどん絵本の形ができあがっていきました。

文章ができ、どの絵を使うかが決まれば、次に印刷の段階に入っていきます。

この本の印刷を担当したのは、創業70年を超える老舗の「株式会社フクイン」という印刷所です。

今回、カナヨさんが使ったのは、固形マーカーの「キットパス」という画材。

優しく雰囲気のある色合いを、印刷で再現しないといけません。

特に、肌色を出すのが難しいのだとか。

編集者歴の長い萩原さんと、印刷所の営業担当者さんで知恵を出し合い、色校正を何度も重ねました。

その結果、蛍光色を少し配合することで、やっと理想の肌色の再現に成功したそうです。

さぁ、いよいよ印刷本番というとき・・・

萩原さんは、刷りだしの確認に行っていました。

出てきた最初の印刷は・・・「あ、なんか違う」と思ったそうです。

印刷所では、校正用と本番の印刷では、印刷機が違います。

微妙な調整の違いで、色合いが変わることはあり得ます。

しかし、印刷所はこれだけを印刷しているわけではないので、機械もオペレーターも、前後の予定がびっしり。

「ちょっと待って」、「やり直し」は困難なのです。

大抵の印刷所は、微妙な違いなら、妥協してもらう方向に動くのが普通。

しかし、今回は違いました。

「やり直しましょう!」と言ったのは、印刷所の営業さんの方でした。

実は、この作品を担当していたオペレーターさんは、翌日からリフレッシュ休暇を取っていたとのこと。

しかし、こうなるとやっぱり仕上がりが気になります。

翌日、休暇を返上して、この作品の印刷を仕上げたそうです。

印刷所から製本所へ

印刷ができあがると、次に本の形にする「製本」というプロセスに進みます。

これは「株式会社ブックアート」という製本所が担当することになりました。

ここも創業70年を超す老舗。

「丈夫で 美しく 読みやすい」という、製本の基本をかたくなに守ることを信条としています。

今回厄介だったのは、ページ数が24ページの本だということ。

通常絵本は32ページです。

印刷の製版にページ割りをしていく都合で、32ページで作るのが常識。

絵本作家さんも、大抵32ページの中でお話が展開し、絵を割り振るように考えて創作しています。

しかし、今回は24ページなのです。

子どもが夜寝る前に読む絵本。

もしかしたら、一人で読んで寝る子もいるかもしれない。

そうなると、32ページでは長すぎると考えました。

だから、あえて24ページにこだわりました。

これが製本所泣かせなのです。

ページ数が少なければ、厚みが薄くなります。

32ページの本とは、機械の設定も綴じる部分の糊の設定も変わってきます。

やたらと紙の厚みを増すわけにもいきません。

「お子さんが、絵本の世界に没頭している時、紙がめくりにくくて、その没頭を妨げるようではいけない」と言うのです。

「読みやすい」という信条に反するわけですね。

さらに難しいのが、カバーをかける工程です。

ちょっとした厚みの違いで、背のタイトルがずれていたら、並んだ時に美しくありません。

そこで、結局熟練の職人が、手作業ですべての本のカバーをかけたそうです。

「商品じゃなく、作品を作っている」という、職人の心意気を感じます。

ちなみに、製本所では、実際に製本する前に、「束見本(つかみほん)」というものを作ります。

製本したでき上がりの状態を確認するために、実際に使用する予定の紙、ページ数で作るサンプルです。

一般的には、2~3冊しか見本は作らないそうです。

しかし、「ブックアートさんは、これだけ見本を持ってきてくれたんですよ~」と言って見せてくれたのは、パッと見て10冊以上ありました。(講演会場は写真撮影禁止のため、写真が撮れず残念!)

子どもの本とはいえ、妥協がありません。

束見本の見本

製本所から書店営業、そして書店へ

製本が終わり、絵本が完成したら、書店に配本されます。

そこで活躍するのが、「書店営業」という仕事。

ここでも頼もしい助っ人が登場しました。

やはり、以前は大手出版社で活躍されていた敏腕営業ウーマン。

「もっと直接絵本を子どもたちに届けたい」との思いから、今は出版社を辞めて学校司書をされているそうです。

ところが、出版社勤務時代のご縁からこの作品のことを知り、「お手伝いしますよ!」と自ら手を上げてくれたとのこと。

そうと決まれば、それまでに培った人脈と信頼を駆使して、ラフだけ持って次々と原画展を決めてきたそうです。

一般の書店では、絵本の新刊本が置かれるスペースは、そう広くはありません。

安定して確実に売れるロングセラーや、超人気作家の作品が多くのスペースを取り、その中で表紙全面を見せて積まれる「平積み」や、目立つところに表紙を立てかける「面陳列」にしてもらうのは、至難の業です。

しかもできたばかりの、まだ知名度のない一人出版社。

初版の売れ行きが悪ければ、そのまま絶版、在庫は断裁という悲しい末路・・・

厳しい条件の中、果敢に切り込んでいった凄腕営業ウーマンの思いは、「送り手と読み手をつなぐことがやりたい」ということ。

学校司書と書店営業という「二足のわらじ」は、この思いの中では一つのラインになっていたのです。

こうして、今では彼女はめくるむの大事な戦力になりました。

司書を続けながら、めくるむの営業担当、社長の右腕として活躍されています。

そしてここまでの、たくさんの人の情熱の結晶を受け取った書店の一つが、この「ブックハウスカフェ」でした。

もともと絵本・児童書専門店ですから、一般の書店よりは陳列スペースはあります。

そんな中でも、原画展やトークイベントを開催し、積極的にPRに努めてくれました。

それは、「売りたい」ではなく、「届けたい」作品だったから。

まとめ 書店から子どもたちへ

リレー座談会の中で、編集者であり出版社社長の萩原さんと、作者のスギヤマカナヨさんが言っていました。

「すべての子どもが、心穏やかに、幸せな気持ちで眠りにつけるように・・・

という願いを込めて作った絵本です。」

しかし現実には、いろんな境遇の子どもがいます。

眠るとき、ママに抱っこしてもらえない子。

病院で、一人で眠りにつかないといけない子。

事情があって、好きなようにご飯やお菓子が食べられない子。

この絵本には、背中をトントンして寝かせつけてくれる親は描かれていません。

「嬉しい」「幸せ」な場面によく描かれる、お菓子や素敵なごちそうもでてきません。

それでも、安心して幸せな気持ちになれるのです。

最後のページに、

「おはよう」をまっている

と書かれています。

作者のスギヤマカナヨさんが言っていました。

「朝、起きるのがつらい現実を生きている子もいます。朝なんかこないでほしい、『おはよう』なんて言いたくない子もいる」と。

では、「『おはよう』をまっている」のはだれか?

朝がきて、新しい一日が始まります。

その新しい一日は、昨日とは違う一日です。

悲しい状況、つらい現実は変わらないように思えても、新しい一日に切り替わります。

その新しい一日、新しい世界は、「きみ」が目覚めるのをまっている。

そのようなことを、カナヨさんは言っていました。

今日この世界に、「きみ」がいてくれることを歓迎する、無条件の存在肯定。

なんだか、涙が出そうになりました。

これ、子どもだけじゃないですよね。

大人だって、朝がくるのがつらい人がいます。

またしんどい現実と向き合いたくないから、目覚めたくないと感じているかもしれません。

でも、新しい一日が始まったこの世界は、「あなた」が目覚めて、またがんばって起き上がるのをまっているのです。

絶対に「目覚めない」ことを選んでほしくはないのです。

この絵本の表紙、絵本にしては珍しく、登場人物、キャラクターが描かれていません。

そして、タイトルが、絵本では異例なほど小さく、控えめです。

それは、眠りにつく前にこの絵本を読み、暗い部屋の中に置いたときに、窓に見えるように、と意図しているからだそうです。

絵本の中の世界のように、楽しく、温かく、幸せな世界につながる窓が、暗い部屋の中にぽっかりと開いている。

そんな希望を感じながら眠りについてほしい・・・

そう、人生の一寸先は・・・光なのですから。

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