読書

完璧なかたち

運動のため、週に3日はウォーキングをするように心がけています。

普段は、中学校の近くの公園や、そこから近所の運動公園までの遊歩道などを歩いているのですが、さすがに最近は暑すぎて断念してしまいます。

また、夏休みで子供は家にいるし、なんとなく忙しくて日中の時間が取りづらいこともあり、最近は歩けていませんでした。

やっぱりこれではいかん!と思って一念発起。朝、歩こうと思い立ち、今朝早速実行してみました。

5時半頃家を出て、ゴミを出し、そのまま近所の田んぼ道をてくてく。

夏なので、すでにお日様は出ていますが、まだ草の上や稲穂の先に朝露がきらきらしていました。

 

完璧な球体。

道端の何気ない小さな花も、あまりにも完璧な形ではっとしました。

 

すがすがしい朝の空気を吸って、気持ちよく歩いていたら、ふと最近読んだ本のことを思い出しました。

「神社のおかげさま」(和田裕美著)の中に、こんな記述がありました。

「いじめられた人の日記を読むと、そこには花鳥風月がひとつもない。先生がなんといった、友達がなんといった、親がなんといった、誰の態度がどうだと、すべて人間の世界、それしかないのです」

このようなことを養老孟司さんがおっしゃっているのを何度か読んだことがあります。

中略

人間が人間世界で受けた苦しみなんて、大自然の懐に抱かれれば、まったく小さなものに過ぎなくなる。だから癒されるのです。

 

まぁ、うちの辺は大自然というほどではありませんが、こんなふうに田んぼがあって、小さな野の花が咲いていて、とんぼが飛んでいて、ときにはキジに出会えちゃったりもします。

朝露や野の花の形に目を止めていられるうちは、心は元気でいられるかなという気がします。