NHKとタイの公共放送タイPBSが共同で制作したドラマ、「盲亀浮木 ~人生に起こる小さな奇跡~」を見ました。
NHKワールドJAPANで3月23日と24日、NHK総合で4月4日に放送されたものです。
NHKは、アジア太平洋放送連合と連携し、アジアの子どもたちを取り巻く社会状況の相互理解を目的としたドラマ制作のプロジェクトを2005年から続けているそうです。
その参加メンバーであるタイの公共放送(Thai PBS)とNHKが、タッグを組んで制作したのがこの作品。
日本の文学作品を、現代のタイを舞台に描くという初めての試みで、タイ側が選んだ原作は、文豪志賀直哉の「盲亀浮木」だったそうです。
詳しくは、公式サイトをご覧ください。

私は、普段ほとんどテレビを見ず、番組表もチェックしていないので、こんなドラマがあるなんて全然知りませんでした。
すっかり見逃していたものを、5月4日に再放送があると知り、録画することができました。
おしえてくれたのは、タイの子どもの本やタイ文化について書いている、たんぽぽびよりさんのブログ「タイの子どもの本日記」です。
今日やっと録画したものを見ましたが、30分ほどの短編ドラマでした。
海辺の田舎町の景色、タイ語の会話、タイ文字の標識・・・すべてが懐かしく、胸がキュンとします。
あらすじは、ある物書きの男が、愛犬を連れて海辺の家に来て、執筆をしています。
愛犬の名前は、「クマ」。
あまり筆の進まないある雨の日、うたた寝から目覚めたら、クマの姿が消えていました。
数日、クマを探し回りましたが見つからず、仕方なく海辺の家を去ろうとします。
知人に、もしクマを見つけたら、つかまえておいて連絡してほしいと頼んで。
車を走らせていると、道路沿いにクマを見つけた男が、車を止めてクマを抱いて車に戻ります。
クマは特に歓喜する様子もないのですが、男はたまらず車の中でむせび泣きます。
そして、そのあり得ないような奇跡的な偶然に思いをはせる、というもの。
セリフもほとんどなく、ひたすら海の家で執筆するシーンや、海辺でクマを探し回るシーンが淡々と続きます。
抽象的かつ文学的な一編じゃないでしょうか。
志賀直哉の原作、私は読んだことがなかったので、一度読んでから、また見直したいと思います。

ところで、タイトルの「盲亀浮木」とは、「出会うことが甚だ困難なことのたとえ。また、めったにない幸運にめぐり合うことのたとえ」(故事ことわざ辞典より引用)
「雑阿含経」「涅槃経」を出典とした仏教説話で、「大海の底にすみ、百年に一度だけ海面に出てくる盲目の亀が、海面に浮かぶ一本の木に出会い、その木にあいている穴に入ることは容易ではない」ということから、希少な偶然を表します。
ところで、タイの制作陣は、ドラマ化にあたって、なぜこの作品を選んだのでしょう?
志賀直哉は有名な文豪ですが、この作品は代表作というわけではありません。
それどころか、あまり一般的には知られていない作品ではないでしょうか。(私は知りませんでした)
その理由は、もちろん私にわかるはずもありませんが、思い出したことがあります。
数年前、タイの優秀な理系高校の高校生と日本のスーパーサイエンス校の高校生の交流プログラムに、ボランティア通訳として同行したことがありました。
千葉県にある高校を訪問した際、タイの学生に部活体験をしてもらう時間がありました。
書道部の活動を体験してもらうのに、部員の子が「何か好きな言葉を出してください。それを漢字にしてお手本を書きますので、それを筆で書いてみましょう」と言いました。
通常、そういう国際交流の場で、外国人のお客さんが出す言葉は、「愛」とか「友情」とか「夢」とか、なんですよね。
しかし、タイ人のある男の子が言った言葉は、「ニッパン」と聞こえました。
私は、そのタイ語を知りませんでした。
同行していたタイ人の通訳さんは、その言葉は知っているけど、日本語でなんというかわからない、と。
そのタイ人通訳さんから、タイ語でその意味を説明してもらって、ハッとわかりました。
「それ、涅槃(ねはん)!」
仏教でいう、生死を超えた悟りの世界、みたいなこと。
日本の高校生は、唖然としていました。
いきなり涅槃と言われても、よくわからないし、漢字も出てきません。
スマホで検索して、なんとかしのぎましたが、私もびっくりしました。
タイは仏教国というのは、よく知られていることです。
私もタイに住んでいましたので、生活の中に仏教が根付いていること、カレンダーに仏教関係の祝日があって、仕事も学校も休みになること、会社では男性社員に出家休暇が認められること、など経験しています。
しかし、本当に子供の頃から仏教説話や仏の教えに親しみ、教え込まれ、血肉になっている感覚は、想像以上なのかもしれません。
今回、タイの制作陣が「盲亀浮木」を選んでドラマ化したこと、日本人の私たちとはまた違った理解や思いをこの言葉に持っていて、それが作品の中に描き込まれているのかもしれません。

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