「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著 新潮新書)という本を読みました。
ある教育関係の研究所の方にお勧めされて、興味をそそられ読んでみました。
うちの息子たちは、とりあえず今のところ非行少年ではないですし、その心配もしていないのですが、非行や犯罪に走ってしまった子供たちの心理やバックグラウンドには関心があります。
周囲の大人は、違う人生を選択できるよう働きかけられなかったのか、ということも。
本書では、まずタイトルが目を引きます。
ケーキが切れないってどういうことだろう?
非行少年が非行に走る原因として、私が漠然と抱いていたイメージは、親による虐待や貧困による家庭環境の荒廃、ネグレクトなどが影響しているというものでした。
確かに、そういう側面はあるそうです。
犯罪を起こした少年たちの家庭環境、生育環境を調べると、高い割合で問題があったことがわかります。
しかし、ここでは違う側面を提示しています。
本の帯についている二つの円。
これは、非行少年が「三等分」したケーキの図だというのです。
通常、円を三等分しようとすると、扇形に切り分けます。そう、ベンツのマークみたいな形ですね。
それがわからないのは、不登校やネグレクトで学校に行かなかったから?
著者は、認知機能の問題を指摘します。
著者の宮口幸治氏は、児童精神科医であり、医療少年院や鑑別所で多くの非行少年と出会ってきました。
殺人や暴力事件など、問題行動を起こした少年たちから聞き取りをしたり、認知能力のテストをしたりすると、明らかに認知能力、つまり見る力、聞く力、想像する力に問題があることが多いというのです。
そもそも世の中のすべての事がゆがんで見えている、聞こえている。
だから、他の人の当たり前や、常識的なことが、彼らにはピンとこなかったり、わからなかったりします。
明らかな発達障害や学習障害と診断されるほどではなく、軽度知的障害や境界知能(明らかな知的障害ではないが状況によっては支援が必要)な場合、学校では障害に気づかれることはほとんどなく、「厄介な子」として扱われてしまいます。
学校の勉強はわからなくなるし、馬鹿にされたりいじめられたり、先生からは不真面目だと思われて怒られたり・・・
学校がつらくなる、不登校になる、万引きや暴力などの問題行動を起こす・・・と坂道を転げ落ちるようです。
認知能力に問題があると、想像力も働きません。
殺人や暴力事件を起こしてしまったら、更生のために周囲の大人は反省を促します。
しかし、そもそも自分のやった行為に向き合ったり、被害者の立場に立って思いやったり、自己洞察したりする能力がなく、反省以前の問題だということに気づかれていません。
もっと早く適切な時期に、彼らの生きづらさに気づいてあげて、相応な支援をしてあげられたら、こんな悲劇は起こさなくてすんだのに・・・
そう思わずにはいられません。
非行や犯罪までいかなくても、同じような生きづらさを感じたまま大人になり、社会に出てもうまく馴染めず心の病にかかったり、引きこもりになってしまう人も多いと言います。
周囲の理解と適切な支援、トレーニングがあれば、優れた能力を発揮できる人もたくさんいるはずだと思うと、なんともやりきれません。
この本を読んでいるうちに、一冊の絵本を思い出しました。
「おごだでませんように」(くすのきしげのり作 石井聖岳絵 小学館)
この少年も、障害ではないでしょうが、周囲に理解されず、乱暴者、いじめっこと見られていて、いつも怒られてしまいます。
本当はそんなつもりじゃないのに・・・
傷ついて、寂しくて、悲しくて、七夕の短冊に書いた彼の願いは、「おごだでませんように(怒られませんように)」。
男の子を持つ親として、涙なしでは読めないので、読み聞かせには使えません。
この本では、最後に先生にもお母さんにもわかってもらえてハッピーエンドですが、誤解されたまま大人になってしまう子も多いでしょう。
一人でも多くの子が、正しい理解と支援を受けて、幸せに生きられることを願わずにはいられません。