雑記

名刺を作りました

もう何年も自分の名刺を持っていませんでした。

初めて名刺を持ったのは、社会人になって初めて就職した会社で作ってもらったものです。

配属が営業職だったので、クライアントや協力会社の人達など、名刺を渡す機会はたくさんありました。

名刺を持ったことで、社会人になったことを実感したものです。

 

その後、会社を辞めて東南アジア青年の船に参加した時は、日本代表の参加青年として名刺を持たせてもらいました。

日の丸が印刷された名刺を持つことに、嬉しさや誇らしさとともに、畏れ多い気もしていたことを覚えています。

 

青年の船の活動が終わり、しばらくアルバイトや派遣の仕事をした後、タイに渡りました。

そこで、日系の医療機器メーカーに通訳として就職し、また新しい名刺を作ってもらいました。

工場内の通訳や翻訳の仕事をしていたので、それほど名刺交換をする機会はありませんでしたが、自分の肩書に「タイ語通訳」とついていることが、何とも嬉しく、たまらなくワクワクしました。

とうとうタイ語を仕事にした!と感慨深かったのです。

 

その後、結婚、妊娠して会社を辞めて以来、ちゃんとした名刺は持っていません。

帰国して、次男が幼稚園に入る頃から、少しずつ仕事を始めましたが、単発の通訳や在宅の翻訳では名刺はいりません。

タイ語の翻訳で7年ほど勤務した生命保険会社でも、派遣スタッフだったため名刺はありませんでした。

 

思えば、今まで持った名刺は、すべて所属する会社や組織からあてがわれたものでした。

今、どこの会社にも属さず、ただの専業主婦である私が、自分で「こういう者です」と決めて名刺を作りました。

 

名前に肩書は付けず、裏面に私の仕事として「タイ語翻訳者」「基礎絵本セラピスト」「原田メソッド認定パートナー」の三本柱を立てました。

私のことをよく知る長い付き合いのママ友が作ってくれたデザインで、シンプルながら遊び心もあり、大好きな象さんをシンボルマークとした大人可愛い名刺になりました。

このブログのサイトも作ってくれているWeb制作のプロですから、統一したイメージで連動したブランディングをしてくれています。

 

まだまだ中身の伴わない三本柱ですが、名刺にしてしまったところで私自身の覚悟も決まり、現実が名刺に追いつくように行動していけるのだと思います。

未来を先取りした名刺、これから出会う人たちに差し上げるのが楽しみです。

 

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