コーチング

野球を見ない私が、夏の甲子園中止決定に涙したわけ

こんにちは!らくちゃんです。

 

5月20日、とうとう夏の全国高校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」の中止が決まりました。

そのちょっと前に、インターハイも中止が決まっています。

 

きっとそうなるだろうなぁ・・・と思ってはいたものの、現実に中止が発表されると、胸が締め付けられるような気持ちになり、思わず涙がこぼれました。

とはいえ、私はほとんど野球は見ません。

プロ野球も、高校野球も、ほとんど知りません。

次男は小学生の野球チームに入っていますが、まったくやる気の感じられない、ゆる~い感じでやっています。

 

それでも、この中止決定を聞いた高校球児たちの気持ちを思うと、たまらなくなりました。

部活に打ち込んでいた長男と、部活のメンバーを見ていたから、その子たちの姿と重ね合わせてしまったのです。

中二の長男はバスケ部です。

去年の秋の新人大会は県大会で優勝したので、当然今年は全国へ!と盛り上がっていました。

息子が入部してからの一年間、子どもたちがどんなにがんばってきたか、ずっと見てきました。

毎週のようにある練習試合や大会のために、お弁当を作り、補食を用意し、あちこちの体育館へ送迎し、応援してきたので、親も思い入れがあります。

休校になってからも、各自自主練を続けていたのも知っています。

しかし、数日前に中学の総体もやはり中止が決まりました。

せつなかったです・・・

 

それが、甲子園となったら、子どもの思いも、親や周囲の思い入れも、どれほどでしょう。

野球を見ない私ですら、甲子園が夏の風物詩だということくらい知っています。

野球少年たち、きっと小さい頃から甲子園に憧れて、練習を続けてきたのでしょう。

中学から部活でバスケを始めた息子ですら、あんなにつらそうだったのに、思いを積み重ねてきた時間が圧倒的に大きいのですから、どんなにつらいだろうと思います。

 

一方、スポーツに打ち込む意味、スポーツ活動のあり方について、考える機会じゃないかとも思います。

全国大会に出ることや、優勝することの意味は?
出られればいいの?

何ために出たいの?勝ちたいの?

勝つためには、何をしてもいいの?

そういう「そもそも」の部分、しっかり理解、自覚してスポーツに打ち込んでいる選手、指導者、関係者はどれだけいるのでしょうか。

 

実際、長男の部活や次男の野球チームの試合に帯同し、いろんなチームや学校を見ている中で、疑問を感じることも少なくありません。

いまだに、子どもの人格を否定するような罵倒を浴びせる大人もいます。

高圧的に、子どもを支配するような指導も見聞きします。

技術や体力はあるのに、監督、コーチ、顧問の顔色ばかり見て、指示がないと動けないチームもあります。

今の時代、チーム全員が丸坊主なのも、私には異様に見えます。

強豪なのに、いじめや虐待、「いきすぎた指導」などがニュースになることもあります。

 

私自身がスポーツをやってこなかったこと、勝ち負けにこだわったことがあまりなかったことから、こんなことを思うのかもしれません。

でも、心から部活を楽しみ、さらなる高みを目指すことに夢中になっている息子を見ると、この情熱をまっすぐ伸ばしてあげたいと思うのです。

だから、

大会がなくなって、「失うもの」と「かわらないもの」を考えてもらいたい。

大会がなくなったら、すべて終わりなのでしょうか。

そうじゃありませんよね。

 

今、失意のスポーツ少年たちに、読んであげたい絵本があります。

「ホームランを打ったことのない君に」(長谷川集平:作 理論社)

 

今は、ホームランどころか、ヒットの一つも打ったことないけど、いつかホームランを打ちたい!

がんばり続ける野球少年と、野球部出身の青年の交流を通して、夢を追い続けることをえがいた絵本。

子どものスポーツの原点を思い出させてくれます。

 

しかし、何よりも、子どもたちがまた思いきりスポーツができるようになることを、祈らずにはいられません。

 

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