絵本

お盆に、亡き父を感じる・・・

こんにちは!大人に絵本を読んでいる、絵本セラピスト🄬らくちゃんです。

 

終戦の日は、ちょうどお盆の時期にあたります。

お盆は、亡くなった方やご先祖様の魂が、浄土からこの世に帰ってくると言われています。

多くの命が失われた戦争の終わった日が、ちょうどお盆の時期というのも、なんだか意味深いものがあるような気がします。

 

ところで、私の父は2018年の12月に「あちら」に旅立ちました。

あちらの世界では、まだ新入りの方でしょうね。

今の時期、帰ってきてるのかどうかわかりませんが、母と一緒にお墓参りに行ってきました。

昔ながらの精霊流しや、迎え火、送り火、ナスやキュウリで馬を作ったりはしませんが、お墓に手を合わせ、お線香をあげて父のことを思いました。

 

父の弟にあたる叔父さん二人も、お参りに来てくれました。

歳を取るごとに、面影や雰囲気が、父に似てきたな~と思い、まるでそこに父がいるような気がしてしまいました。

もしかしたら、ほんとに、父がそこに来ていたのかもしれませんね。

 

 

偶然ですが、夫の父親も、私の父親と同じ年に生まれ、同じ年に旅立ちました。

夫も私も、結婚が遅く、両親には「この子は、一生独身かも」「孫の顔は、見られないだろうな」と思われていました。

結婚して、子供を持つ生き方だけを望む両親に、強い反発を覚えた時期もありました。

しかし、今となっては、息子二人を授かり、両方のおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に過ごす時間を持てたことは、とても幸せなことだったと思います。

 

大人になって絵本を読むと、そんなことをしみじみと思ってしまうことがあります。

たとえば、この絵本

 

「おじいちゃんの おじいちゃんの おじいちゃんの おじいちゃん」

(長谷川義史 BL出版)

 

ようちえん、たんぽぽぐみ、5さいの「ぼく」が、ぼくのおとうさん、おとうさんのおとうさん、そのまたおとうさん、つまりひいおじいちゃん、そのまた・・・

と、どんどんさかのぼって、ひいひいひい・・・おじいちゃんに会いに行きます。

時代はどんどん古くなり、明治時代、江戸時代、さらにもっともっと昔、古代人、原始人・・・さらにさかのぼって・・・

 

さて、「ぼくは だれのおじいちゃんに なるのかなぁ・・・。」

 

絵本の中では、さかのぼるたびに、「おじいちゃん」の前につく「ひいひい・・・」の字が増えていきます。

ページにびっしりと「ひいひい・・・」の文字。

豆粒くらいの「ひい」から、さらにゴマ粒くらいの「ひい」、もっと小さい「ひい」がぎっしり並んだページは壮観です。

 

これ、作者の長谷川義史さんがテキトーに書き並べたものではなく、ちゃんと何代さかのぼったら何人の「ひいじいちゃん」というのを計算して、その数だけ書いたと聞いたことがあります。

とにかくすごい数!

その中のひとつの「ひい」が欠けても、この「ぼく」は存在しえないのです。

 

 

父が亡くなった後、銀行口座や不動産の手続きをするために、出生からの戸籍をすべて取り寄せました。

昭和9年に岩手県で生まれた父。

その戸籍には、2歳で疫痢で亡くなった妹や、ガダルカナル島で戦死した叔父さんの記載もありました。

それまで、その存在すら知らなかった親戚です。

 

おじいちゃん、おばあちゃんとなって、次の世代に引き継ぐ孫の顔を見ることが、当たり前なことじゃないんだと、あらためて感じました。

奇跡的なご縁をつないできたからこそ、今ここに元気に存在している息子たち。

つくづくありがたいことだなぁ、と思います。

お盆に、父のお墓参りをしながら、そんなことを考えました。

 

タイで象に乗った父と母。 7年前の夏、孫たちと一緒のタイ旅行でした

 

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