大人の絵本深読み

ショーン・タンの絵本『セミ』に仕組まれたシナリオ

こんにちは!

大人に絵本を読んでいる、絵本セラピスト🄬のらくちゃんです。(プロフィールはこちら

大人向け絵本のワークショップ「絵本セラピー」を、先日開催しました。(絵本セラピーってなに?

テーマは、「わたしが変わると、世界が変わる!?」。

5冊の絵本を読むプログラムの中の一冊に、ショーン・タン作『セミ』(河出書房新社)を読みました。

なかなかシュールな作品です。そこが大人にとっては面白い。

参加者の皆さんが、セミの主体変容ぶりに、どんな感想を聞かせてくれるのか、楽しみにしていました。

ところが、このタイミングでこの作品を読むことは、私にとって大きな意味があることで、まるで仕組まれた「シナリオ」のようだったのです。

それも、2年の時間をかけて作られた物語。

今回は、作品紹介や絵本の深読みというより、ひとつの作品にまつわる私のエピソードをお話します。

あらすじ

このセミは、人間と一緒に会社で働いています。 仕事は、データ入力。

17年間、欠勤なし、ミスなし・・・でも昇進もなし。

セミは人間じゃないから、えらい必要はない、と会社のえらい人に言われます。  

その他にも、数々の不当な扱いを受けています。

同僚にも嫌われ、いやなことをされたり、言われたりして、バカにされています。  

17年目、セミ、定年。 送別会なし、握手なし。

上司には、「つくえ、ふいていけ」と言われます。  

仕事なし、家なし、お金なし・・・

「そろそろ お別れの じかん」

セミは、高いビルの屋上に上がっていきます。  

屋上の片すみに佇むセミ。

そのとき、頭から背中にかけて割れ目が走り・・・

羽化した赤いセミが、空に飛び立っていったのです。  

セミ みんな 森にかえる。

ときどき ニンゲンのこと かんがえる。

わらいが とまらない。

作品との出会い

この作品に出会ったのは、2年ほど前、2019年7月のことでした。

東京にある「いわさきちひろ美術館」で、「ショーン・タンの世界」という企画展をやっていたのです。

ちょうどその月、私は絵本セラピスト養成講座を受講し始めたところでした。

「大人に絵本」という考え方に出会い、惹かれ、大人に絵本を読む絵本セラピストを目指し始めたばかり。

絵本に対する学習熱も高まっていて、絵本の原画展やイベントがあれば、せっせと出かけて行きました。

この企画展もそのひとつ。

「ショーン・タン」という作家のことは、それまで知りませんでしたが、とにかく行ってみました。

緻密な絵とシュールな物語に圧倒されました。

今まで知らなかった絵本のジャンルでした。

「セミ」の原画も、ここで見ることができました。

絵本セラピー参会者の声とそこからの気づき

参加者の一人に、保育士をされているTさんという女性がいました。

お仕事柄、絵本は身近にあり、毎日のように子供には読んでいるそうですが、自分が読んでもらうことはなく、絵本セラピーも「初めて」とのことでした。

Tさんは、プログラムが終わった後のフリートークの時間に、しみじみと「あの『セミ』の絵本が印象的だった」とおっしゃいました。

もう一度、図書館で借りてじっくり読み直してみるつもりだと言うのです。

Tさんは、こうもおっしゃっていました。

「この絵本を、若い人に読んだらどうだろう・・・?

たとえば、いじめにあっている学生さんや、ブラック企業で搾取されているような若い人。

絵本から客観的に理不尽な状況を見ることで、何か気づくことがあるのでは?」と。

実は、私はプログラムの準備をしている時に、中学生の息子に、この絵本を読んで聞かせていました。

そのことをTさんにお話しすると、「息子さん、きっとこの絵本のこと、覚えていますよ。将来、何かつらいことがあったときに、セミのことを思い出すと思います!」と言ってくださいました。

そうかぁ・・・確かにそうかも。私は思いました。

うちの息子は、きっと絵本のことは覚えていないと思います。

でも、理不尽なことに対する不快感や憤りといった感情、自分はこんな仕打ちに甘んじていたりしないという気がいのような感覚は、無意識の部分、潜在意識のどこかに残るのではないかと思ったのです。

潜在意識のふたが開いた

私が一人そんなことを考えていたら、突然Tさんが、

「絵本セラピーって、岡田さんのところで学ばれたんですか?」と聞いてきました。

「岡田さん」というのは、絵本セラピスト協会の代表の岡田達信氏のことです。

私たち絵本セラピストは、「たっちゃん」という愛称で呼んでいますので、「岡田さん」という呼び方がちょっと新鮮で、一瞬戸惑いました。

Tさんは、以前、ある絵本作家さんの講演会で、「たっちゃん」に会っていたらしいのです。

「絵本セラピー」を知らなかったTさんは、当然たっちゃんのことも知りませんでした。

一緒に講演会に行っていたお友だちが、たっちゃんのことを知っていて、「業界では有名な人なんだよ」と言って紹介されたそうなのです。

「絵本セラピーは初めて」というTさんから、思いがけずたっちゃんの名前を聞いて、突然フラッシュバックしたシーンがありました。

それは、2020年7月のこと。

俳優の三浦春馬さんが、自ら命を絶つということがありました。

その出来事の少し後で開催された、絵本セラピスト対象のオンラインのブックトークの会。

そこで、たっちゃんが、三浦春馬さんのことに言及し、「もし、絵本を読んでいたら・・・、絵本セラピーを受けていたら、もしかしたら違う選択をしたかもしれない・・・」というようなことを言ったのです。

たっちゃんの沈痛な面持ちからは、才能ある若い命を惜しむ気持ちと、絵本の力を信じる揺るぎない信念を感じました。

このシーンを思い出したことで、急に霧が晴れたようにわかったことがあったのです。

それは、私がこの1年、オンラインで絵本セラピーをやり続けた理由。

絵本セラピーは、著作権の関係で基本的に無料開催。

そのわりに、絵本を買ったり、出版社や作者に使用許可を申請したり、募集の告知や案内をしたり、時間も費用も手間も、結構かかります。

仕事でもないのに、誰かに指示されたわけでもないのに、どうしてそこまでしてやっているんだろう?

それは、たっちゃんの思いに、深く共感、共鳴していたからということ。

絵本セラピスト協会のモットーとして、「絵本で目の前の人を笑顔に」「絵本でこっそり世界平和」というものがあり、私もたびたび口にしています。

これも嘘ではありません。

でも、目の前の人の今の笑顔だけじゃなく、未来の心の力の種になる。その種まきができるんじゃないか?ということに気がつきました。

人生の中でどうしようもなく行き詰ったときや、大きな決断を迫られる時、勇気だったり、自分を大事に思う気持ちだったり、もう一歩だけ頑張ってみようと思う気持ちだったり。

そんな心の力の種に、絵本はなり得るのではないかと思ったのです。

だから、その種まきをしていきたくて、そこに価値を感じて、私は絵本を読む活動を続けてきたのだと、この時はっきり自覚しました。

シナリオには続きがあった

この一連の出来事は、「シナリオ」だと思いました。

作品との出会い、三浦春馬さんのことからたっちゃんの信念に触れたこと。

強く共鳴したそれは、潜在意識にもぐり込み、今まで自覚していませんでした。

絵本セラピーでこの本を使おうと決め、息子に練習がてら読み聞かせたこと。

Tさんが絵本セラピーに参加してくれて、気づきにつながる言葉をかけてくれたこと。

その時の「岡田さん」という一言で、私の潜在意識のふたが開き、自分が絵本セラピーをやっていきたい真の動機、行動の原動力が、「心の力の種をまく」だと自覚することにつながるまでの、一連の筋書きだったのです。

ところが、このシナリオには、まだ続きがありました。

この物語に導かれて、真の目的に気づいたことに一人感動していたところに、1通のメールが届きました。

絵本セラピスト協会から「エピソードトーク大会の発表者再募集」の案内です。

その週末に、絵本セラピストを対象とした「エピソードトーク大会」というオンラインイベントがありました。

絵本セラピストが、絵本を読んできた場や、絵本にまつわるちょっと素敵なエピソードを発表し合うという企画です。

だいぶ前から発表者募集の案内はきていましたが、日曜の夜、主婦にとってははずせない時間の開催だったため、最初から参加するつもりはありませんでした。

それが、このタイミングで発表者が少ないため再募集のお知らせ。

これは「出ろ」ってことね、とわかりました。

このエピソードを、絵本セラピストの仲間と共有するというところまで、シナリオには書かれているということです。

早速、「エントリーします」と返信しました。

この先のシナリオを作っていく

その時の「エピソードトーク大会」は、6人の発表者がいました。

それぞれ、絵本を読んだ場で生まれた素敵なエピソードや、絵本にまつわる思い出、感動的な出来事などを語っていきます。

持ち時間は、1人10分。

私の発表順は最後にしてもらいました。

そして、隠された「シナリオ」に気づいた高揚感のまま、語りきりました。

「エピソードトーク大会」では、一応表彰があります。

それぞれのエピソードに優劣はありません。

どれも、宝物のような素敵なエピソードです。

その中で、応援参加、聴講者が、「この話を他の人にも教えたい」「ねぇ、聞いて、こんな話があったよ、と言いたい」エピソードに投票していきます。

結果・・・・

なんと、私が1位に選ばれました!

賞品として、このエピソードのキーパーソン「岡田さん」から1冊の絵本を送っていただきました。

毎回、その時のエピソードや、みんなの話から、たっちゃんが考えて選んでくれるそうです。

絵本と言っても、絵本セラピーで読めるような短いお話ではありませんでした。

アハメドくんの いのちのリレー」(鎌田實:著 安藤俊彦:画 ピーター・バラカン:英訳 集英社)

砂漠に散った12歳の少年が残した、平和の鍵

イスラエル兵に誤射され殺された12歳のパレスチナの少年アハメド。父イスマイルは、その悲しみを横に置いて、なんとイスラエルの病気の子供を救うため、臓器移植を承諾した。平和への願いを込めて…。

出版社ホームページより引用

絵本で世界平和

心の力の種をまく

今日読む絵本が、目の前の人の未来の選択を、少しでもポジティブな方にいくよう力を添える

そんな私の思いにピッタリなお話で、涙をぬぐいながら読み終えました。

このシナリオに気づいたことで、絵本を読むことへの覚悟が固まった気がします。

絵本の力を信じて、その力を目の前の人に届けられることに誇りと喜びをもって、今日も絵本を読んでいます。